国内のランキング上位選手が集う2023日本ランキングサーキット(5月27日-31日/埼玉・サイデン化学アリーナ)。ここでは、準々決勝が行なわれた大会3日目から、記者が取材したサイドストーリーをお届けする。
躍進の後輩からヒント得た渡邉航貴
「スイスOP優勝でわかってきた」武器の使い方
苦しみから抜け出した男は、勝負強かった。
男子シングルスの渡邉航貴(BIPROGY)は、準々決勝で同じチームに所属する後輩の川本拓真を2-0のストレートで破り、ベスト4に駒を進めた。2ゲームとも中盤まではリードを許す展開。しかし、焦りはなかった。「(3月の)スイスオープンを優勝してから、負けているときにどうやってプレーをしなければいけないか、わかってきた」と話した渡邉は、丁寧なレシーブから試合の流れを引き寄せた。
落ち着いてプレーをしたと表現できるが、渡邉はこの数年、それが難しい状況に陥っていた。2020年に日本A代表に入ったが、そこからが苦難のはじまり。世界トップレベルの大会では早期敗退の連続で、他の日本A代表が不在の国内大会でもプレッシャーに潰され、敗れた。看板と成績のギャップが大きくなる中、昨年は「自分にA代表の実力がないことは、わかっている。ただ(世界ランキングの)ポイントを持っているだけでA代表に入れてもらっている状況だと思っています」と実力不足を疑う視線を意識したコメントを残したこともあった。
低迷が続く中、昨年後半には、あえてA代表らしい成績やプレーへのこだわりを持たないように意識。プレー内容の改善に集中している様子を見せていた。今季は、日本B代表に降格したが、重い看板を下ろすと、スイスオープン(Super300)でBWFワールドツアー初優勝を飾った。日本A代表が派遣される大会よりは、一つ格下の大会ではあるが、A代表が出ても優勝は簡単ではない。準決勝、決勝では世界ランク1ケタのリー・ジジャ(マレーシア)、周天成(チョウ・ティエンチェン/台湾)を撃破した。
身長160センチ台と小柄な渡邉の特長は、スピード。高さやパワーのある選手に攻め続けられれば、小柄な自分は厳しくなる。スピードを生かして相手の返球に早く反応し、攻撃の先手を取り続けたい。その思惑が自滅につながる罠に陥っていた。渡邉は「今までは、ダメな展開になると焦って、スピードを上げてミスをしていた。意外と小回りが利いて早く反応できていることに気がついた。自分では(あまり速度を上げていなくて)遅いと思っているスピードが、ほかの人から見れば速いのなら、焦ることなく淡々とラリーをすればいい。そうしたら、体力の使い方も変わってきた」とスイスOPの手応えを語った。
考え方のヒントの一つは、昨年後半から一気に世界のトップへ躍り出た3学年下の後輩にあった。同じ種目の日本勢最上位、世界ランク3位にいる奈良岡功大(FWDグループ)の存在だ。レシーブ力が高く、優れたコントロールを武器とするタイプで毛色は違う。しかし、渡邉は「クロスネットに逃げて返球をねらうとか、(強打のスイングから)寸止めするようなカットとか(ジュニア時代に)アイツがオレの球を真似すると言ってやるようになった球がある。功大みたいなプレーは、オレには無理だと思っていたけど、真似をしてみたら、すごくやりやすい」とスピード任せのプレーから脱却すると、レシーブ力やコントロール力が上がる現象に気づけたという。元々、小さくても勝てていたのは、スピードだけでなく技術があったから。武器であるスピードの使い方を変えた渡邉は、手応えを感じている。
国内ではまだ結果が出ていない状況が続いているため「自分を信じることが先で勝ちが後からくるものだった。先に勝ちを見てしまったら、結果がこなかった。でも、今は、たまたまうまくいっているだけ。自分が一番弱い、底辺だと思って臨んでいます。でも、コートに入ったら自信のないプレーはしません」と話すに留めたが、国内でもタイトルまであと2勝と迫った。30日の準決勝では、高橋洸士(トナミ運輸)と対戦する。静かに焦らず、しかし鋭く、希望を取り戻した目は光っている。
取材・文/平野貴也
写真/菅原淳