オリンピックは幕を閉じたが、東京2020はまだ続く。ハンディキャッパーたちの祭典・パラリンピックは8月24日から開幕し、バドミントン競技は9月1日から5日までの5日間にわたり熱戦が繰り広げられる。
ビッグイベントに先立ち、パラバドミントンのインドネシア代表は東京都・町田市で事前合宿を8月19日から26日まで実施。22日には、町田市立総合体育館で、練習を市民に公開する交流会が開かれた。
来日したのは、立ってプレーする立位クラスの男女7人とコーチ・スタッフ3人。インドネシア代表は3種目で東京パラランキング1位に座り、健常のバドミントン同様、金メダルに近い強豪国だ。
オリンピックでは、新型コロナウイルス蔓延の影響で、多くの国や地域が事前合宿地となっていたホストタウンへの来訪を控え、直接、選手村へ入村した。パラリンピックに関しても同様の流れはあり、実際、オリンピックを含め、町田市に来る予定だった他4競技は来訪を取りやめている。
しかし、協議を経てインドネシアのパラ代表は、同市への来訪を決めた。
町田市の担当者によれば、この決断は、同市が2017年から築いてきた深い信頼関係によるところが大きいのではないかという。同市オリンピック・パラリンピック等国際大会推進課の石井敬子さんは「2017年に初めて日本代表との合同合宿を実施し、その後も2回、町田市に来てもらいました。その間に築いた信頼関係あってこその実現でした」と説明する。
8月22日に行なわれた交流会は、会場での見学者を午前と午後に分けて実施。午前の部は事前にオンラインで登録した130人、午後は102人が来場した。来場できなかった市民もWEB会議ツールで3対1のゲーム練習などを見守り、Q&Aコーナーでは、子どもたちが「日本料理はおいしいですか」「町田市のお気に入りは見つかりましたか」など質問をして、選手と交流した。
会場に来場した町田市民の中には、2019年からインドネシア代表と交流を続ける一家も。2019年にインドネシアチームが来日した際の交流会で、「選手を応援するようになった」という坪井さん一家、野口さん親子は、インドネシア語で「またお会いできてうれしいです」と書いた手作りのポスターを持参。
今回の交流会は、選手やスタッフを隔離し、外部の人たちとの接触を遮断する「バブル形式」が採用されたため、来場者は選手と直接話せなかったが、坪井春磨(中1)くんらが観客席から手を振ると、選手たちは手を振って応えた。
なかでも前回、坪井家からけん玉をプレゼントされたSL3(下肢障がい)のウクン・ルカエンディは、春磨くんらを見つけると、けん玉で遊ぶジェスチャーをして贈り物への感謝を示した。
また、「今年からバドミントンを始めた」という野口誠護くん(中1)は、「練習の様子を見て、義足を自分の体の一部のように扱っていることがすごいと思いました」と語り、パラリンピックは「録画して必ず見ます!」と話していた。
会場には、選手へメッセージを書いてエールを送る特設コーナーも。さらに、選手専用エリアには「練習会場と宿泊先の往復だけになってしまった選手に少しでも和を感じてほしい」(石井さん)と、町田市文化・国際交流財団の協力を得て、野点コーナーが設けられた(飲食はなし)。
全国で、各国選手との交流を断念する自治体が多いなか、コロナ対策を講じながら市民と交流する場を作った町田市。石井さんは、「市民の皆さまに大会に向けて頑張っている選手たちの姿を紹介し、選手たちには応援の気持ちを届けることができるよい機会になった」と振り返っていた。
■インドネシアのメダル候補たち
レアニ・ラトリ・オクティラ
1991年5月6日生まれの30歳。クラスはSL4(下肢障がい)。女子シングルス・混合ダブルスの2種目で東京パラランキング1位に就く。女子ダブルスは同2位で、パラリンピックでは3種目で金メダルに輝く可能性も!
小学生の「誰がライバルですか?」という質問には、「女子シングルスとダブルスでは中国。混合ダブルスではフランスです」と答えていた。
デファ・アンリムスティ
1998年12月5日生まれの22歳。クラスはSU5(上肢障がい)。男子シングルスの東京パラランキング1位。障がいがある側の右手でラケットを握る。動きがとても速い!
小学生の「バドミントンをしていて一番つらかったことと、楽しかったことは?」という質問には、「うまくなるプロセスはつらいです。でも、仲間と練習していると幸せな気持ちになる。あと、やっぱり優勝したときは一番うれしいですね」と笑って返した。
スルヨ・ヌグロホ
1995年4月17日生まれの26歳。クラスはSU5(上肢障がい)。男子シングルスの東京パラランキング3位。攻守に優れたオールラウンダー。バイク事故で左腕の一部を失った。健常のジュニアナショナルに所属した経歴を持つ。
交流会ではインドネシアチームを代表し「町田市のみなさん、いつも温く迎えてくれてありがとうございます。今後もこのような交流を続けられればうれしいです。そして、町田市から桃田賢斗選手のような素晴らしい選手が出てくることを祈ります」と感謝の気持ちを述べた。
取材・文/鈴木快美
写真/町田市提供、バドミントン・マガジン