オリンピックの舞台を支えているのはコートマットやシャトルといった“モノ”だけではない。東京2020のソールサプライヤーであるヨネックスは、国際大会で培ってきた経験と信頼をもとにしたストリンギングサービスを提供している。このサービスを可能にするのは、卓越した技術を持つストリンガーたちから構成されるストリンギングチームだ。チームのリーダーであるマーク・ローレンスさんに、元オリンピアンの池田信太郎さんがヨネックスストリンギングチームの歴史やオリンピックでの活動について聞いた。取材は、2019年のダイハツ・ヨネックスジャパンオープンでの来日時に行なわれた。
ラケット1本のストリンギングは最短で18分ほどで仕上げられるが、大事なのは…
池田 ヨネックスのストリンギングチームの一員として長年トップ選手のストリンギングを手掛けていらっしゃいます。ストリンガーとしての経歴を教えていただけますか。
ローレンス 私自身は全英選手権、現在の全英オープンが行なわれているバドミントンセンターの近くにショップを持っていて、そこでストリンギングをしていました。1994年に全英の開催地がウエンブレーからバーミンガムに移ったのですが、ヨネックスは当時からストリンギングチームを結成していました。私は当時、ストリンガーでもあったので声をかけていただいたのが、チームに加わるきっかけです。それ以降、さまざまな国を回り、多くの大会でストリンギングを行なってきました。
池田 チームに加わった当時のことを覚えていますか。現在はストリンギングチームの規模も大きくなっていると思います。当時と今ではどういった違いがありますか。
ローレンス 最初の数年間は全英選手権のみで、初めて海外の大会でストリンギングをしたのは2001年にセビリアで開催された世界選手権でした。当時はイギリス人4名、スペイン人2名。五輪では2004年が最初です。その後、正式にヨネックスのスーパーバイザーとして契約を交わし、さまざまな国際大会で開催国のストリンガーとともにストリンギングを行なってきました。2006年のトマス杯・ユーバー杯で日本を訪れましたが、そのときのストリンガーは全員日本人でした。私たちストリンギングチームがここまで国際的なチームになったのは、ここ3、4年のことです。2019年のダイハツ・ヨネックスジャパンOPでは、イギリス人2名、フランス人1名、韓国人1名、日本人2名のストリンガーが集まり、より国際的になっています。
池田 ストリンギングをする際に気をつけていること、心がけていることはありますか。
ローレンス プレーヤーは、誰に、どのストリングで、どのテンションで張ってほしいかリクエストします。高いテンションでストリングを張るので、フレームは問題ないかを確認し、グロメットが変形しているようならグロメットを交換しなければラケットが破損する危険もあります。また、時間管理、トーナメントスケジュールについても注意しておく必要があります。いつまでに選手がラケットを必要なのかを把握し、トッププレーヤーだけでなくすべての選手のストリンギングが準備できているよう、選手の要望通りに仕上がるように努めています。
池田 1本のラケットを張るのにどれくらいかかるのでしょう。
ローレンス 速さは一番重要な事柄ではなく、最も重要なのは張り方の質です。もちろん多くのラケットにストリングを張るので、それほどゆっくりしていられないのですが(笑)。必要であれば、最短18分ほどで張ることができます。通常であれば、1時間にラケット2・5本分張れたら、スムーズに仕事ができているといえるでしょう。10時間あれば、20~21本程度。ダイハツ・ヨネックスジャパンOPでは7人のストリンガーがいたので、皆1日につき約20本程度張っていました。1大会で150本近くを張り上げたことになりますね。
池田 なるほど。私も高校、大学時代は自分でストリングを張っていましたが、1本のラケットを張るのに1時間はかかっていました。途中でラケットを折ってしまったり、ストリングが切れてしまったりすることもあるんですよね。
ローレンス 誰でも初めは慣れていないし、時間がかかるものです。ストリングを張るときに気をつけるべきこととして正しいフレーム形状で、フレームを引っ張り過ぎず、締めすぎず、正しい位置でストリングマシーンに固定すること。また、ストリングを傷めないように気をつけること。そして、正しいテンションで張っているか、クランプ(留め箇所)がきれいで、きつく締めすぎたり、緩すぎたりしていないか確認します。経験を積んでいけば、うまく張るために何を調整すればいいかわかるようになると思いますよ。
※後半では、オリンピックでのストリンギングサービスについて、さらに深く聞いていく。
取材・文/バドミントン・マガジン編集部