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【全日本総合2019】未練を残して――。<総合サイドストーリー>

日本の頂点を決める全日本総合。いまや世界トップへの通過点にもなった歴史ある大会には、毎年各世代のトップ選手が集結している。そんな出場者の中に、この総合で現役引退を決めて臨んだ選手がいた。古財和輝(こざい・かずてる)。ジュニア時代から全国優勝を経験し、大学生、社会人になっても男子シングルスの上位常連として名を馳せた。実業団選手として、日本代表としてもコートで活躍した古財は、27歳のときに大学の指導者、そしてプレーヤーを兼務する道を選んだ。それ以降も、選手として全国大会で好成績を残し、指導する龍谷大も学生界で着実に成績を伸ばしている。

バドミントンでは異色な経歴を持つ男の、最後の「総合」をクローズアップする。

試合直後のミックスゾーン。

日本A代表の常山幹太(トナミ運輸)に準々決勝で敗れた古財は、到着してすぐに流れる汗を拭った。

「試合が終わってここにくるまで、何を考えましたか?」

今日で引退を知る記者の質問に、言葉が詰まる。現役最後の試合を支えたタオルは自然と目元に移され、古財はしばらく動かなかった。

* * *

引退は総合前から決めていた。龍谷大コーチという肩書きを持ちながら、プレーヤーとして国際大会から国内の全国大会に出場。指導者とプレーヤーの兼業は、純粋にバドミントンが好きな気持ちはもちろん、毎日指導する学生に向けて、「勝つために何が必要か」を、背中で伝えたかったからだ。

5年間在籍したトナミ運輸を2013年に離れ、大学のコーチとなって6年。来年から龍谷大の監督に就任することが、ラケットを置くきっかけとなった。

「総合の時期と学生たちの大会が重なっていて、これまで(宮崎克巳)監督にフォローしてもらっていました。でも、来年から自分が監督になることが決まり、立場上、やっぱり学生の試合を見ないといけないので。本当は、まだまだやりたいですけどね」

最後の全日本総合。1回戦は、24歳の馬場湧生(NTT東日本)との対戦となったが、向かってくる相手を18本、19本で退ける。「(自分の)パフォーマンスは悪かったですけど、向こうも若いから、第2ゲームは(終盤に)攻めてくると思ってました。だから、こっちはどっしり構えようと。相手がコースを突こうとか、角度をつけようとしてミスしないかなーと待っていたら、案の定、はまってくれた。おじさんの勝ちですね(笑)」。ベテランらしく、相手の心理面を揺さぶっての勝利だった。

2回戦は日本B代表で活躍する20歳の渡邉航貴(日本ユニシス)。多くの人が、古財の戦いもここまで――そう思ったことだろう。しかし、準々決勝に駒を進めたのは古財。第1ゲームこそ19本の接戦だったが、第2ゲームは8−10から8連続得点で逆転し、そのまま押しきってみせた。「相手はプレッシャーを感じていたと思います。動きが重かったですから。2ゲーム目の中盤あたりで一本カットを入れたとき、足が出ていなかった。そういうしぐさが見えたので、いけるかなと思ってギアを上げました」。勝負所を的確に見極め、確実に自分のポイントへと変えていく老獪(ろうかい)なプレーが、ベテランの2勝目につながった。

世界をめざす後輩たちのために

若手の壁――。こう呼ばれるようになったのは、30歳を超えて試合に出続けるからだけではない。結果がすべての世界において、若い選手を倒してもなお、さらに上位に勝ち進む姿が毎年あったからに他ならない。出場する全日本社会人、日本ランキングサーキットでは、最近こそ上位からは遠ざかっているが、準々決勝の顔ぶれには古財の名前が並ぶ。当たり前のようで、当たり前ではないその難しさは、きっと多くのトップ選手たちが理解していることだろう。

そんな古財にとって最後の対戦相手となったのは、世界を舞台に活躍する常山だった。所属していたトナミ運輸の後輩で、世界ランキングでもトップ20に入る23歳の日本代表。「本当は(来年の)ランキングサーキットにも出場する権利はあるんですけど、総合を最後の場に選んだのは、A代表も出てくるし、やっぱり価値が高いからです」。引退の決断をした古財にとって、最後の覚悟をぶつけるのにふさわしい場所、そして相手となった。

準々決勝。慣れ親しんだ紺と白のウェアで真剣勝負に挑んだ古財は、第1ゲームを7-21で圧倒される。「スピードを出す余裕もなかった。足が止まって、跳びつきも遅くなっていた」と、さすがのベテランもA代表には歯が立たない――そう思われた第2ゲーム。古財は9-14とリードを許すも、球際の強さを生かして13-14と一点差。常山がスピードを上げ、13-20とマッチポイントを奪われても、また1点、また1点と、古財が点差を詰めていく。18-20。21点目は先に常山が手にしたものの、終盤にみせた5連続ポイントが、ベテランの生き様のようにも見えた。

現役最後の相手となった常山と握手する古財
試合後、コートに向かって頭を下げる古財。長い現役生活を終えた古財に、温かな拍手が送られた

「いろいろな人にお世話になって、こうやってやらせてもらったので、本当に感謝しかないですし、少しでも恩返しになったのかなと思います。いずれこういうときがくるのもわかっていたし、持てる力は出せたのかなと。…あー、久しぶりに自分のことで泣いちゃいましたね」

目元に当てられたタオルをおろし、少し震える声で古財は語りだした。最後の追い上げには「幹太が気を使ってくれたと思います」と笑顔で話し、総合ベスト8の結果には「トナミ以来なんで、7、8年ぶりですかね(注:2010年以来)。2コート展開は、さすがにドキドキしちゃいましたよ(笑)」とおどけた。

最後のコメントを残す古財のまわりに集まった記者も、長くバドミントンを取材する人ばかり。通常3分で打ち切られる囲み取材も、このときばかりは、古財自身に終わりが委ねられていた。

「ここ(駒沢体育館)は大学3年のとき、(総合で)ベスト4に入った会場なので、いい形で終われたのかなと思います。そして、後輩たちにも伝えられたと思う。年齢とかではなくて、自分で頑張っていけば、本当にそこで戦おうという意志があれば、いつかチャンスは巡ってくるんですよ。自分自身はセンスがあると思っていないし、努力でここまでやってきたタイプ。若い子が“自分は頑張っている”、“自分はやってます”というのは簡単ですけど、そういう子たちが、もっと時間の使い方や、真摯にバドミントンに取り組んでいけたらもっとやれるぞ、といいたいですね」

1986年生まれの33歳。学年は男子ダブルスを優勝した遠藤大由(日本ユニシス)の一つ上。準々決勝に進んだ選手の中では最年長となる男の話はつきない。が、それでも終わりはやってくる。

「いやー、もう少し頑張りたかったな。まだ欲はありますよ(笑)。来年の総合の権利も取ったわけですから。総合はおもしろかった。最後は、会場から拍手をもらえて、うれしかったです」

そう話して、古財の囲み取材は終わろうとしたが、最後に一つだけ、気になっていたことを聞いてみた。なぜ、毎回そのウェアを着ているのか――。

「皆さんのコメントに、『いつもこのウェア』と書かれているから、あえてこれを着てました。本当はいっぱいウェアを持ってるけど、これがいいのかなと思って(笑)」

さすがベテラン。最後の最後までまわりを楽しませてから、颯爽とミックスゾーンを去っていった。

文/佐々木和紀 写真/菅原淳

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